マーケットニュースを見ていると「ヘッジファンド解約に伴う売りが出た」といったような文言を目にすることがあります。株式市場が下落した日などによく見られる一文ですが、ヘッジファンドの解約に伴う売りとは、どういうことなのでしょうか。
本記事では、「ヘッジファンドの決算が、なぜ相場に影響を与えると考えられているのか」を解説します。
ヘッジファンド決算期を語る上で重要な、ヘッジファンド解約に関する「45日前ルール」と、「現在のヘッジファンド解約ルール」、及び「ヘッジファンドの運用手法」から、ヘッジファンドの決算が相場に与える影響を確認しましょう。
ヘッジファンドの決算ってなに?
ヘッジファンドの決算について、まずは概略をまとめましょう。
一定期間の損益を集計したもの
決算は一定期間の損益を集計したものです。通常の企業と同じように、ヘッジファンドも決算を行います。
12月決算のヘッジファンドが多い
ヘッジファンドは、12月末を決算日とするものが多いとされています。これはヘッジファンド本場の欧米に合わせているためだと考えられています。
12月末を決算日とするヘッジファンドは、1~12月を1つの事業年度として区切り、四半期ごとに収益を計算します。したがって、ヘッジファンドの決算とは、3月末、6月末、9月末、12月末のことを指す場合が多いといえます。
なぜヘッジファンドの決算が問題に?
決算は普通の企業も行います。なぜヘッジファンドの決算だけが問題になるのでしょうか。
解約対応で現金化の売りが出る
ヘッジファンドは投資家の出資や解約を受け付けますが、その対応は決算期にまとめて行います。したがって、ヘッジファンドが出資よりも多くの解約を受け付けた場合、解約金を支払うため現金化の売りが出ると考えられているのです。
ヘッジファンドの解約が増える場面としては、市場全体が下落している局面が想定されます。市場全体が下落している際に「ヘッジファンドの売りが出るため、もっと下がるのでは」と市場参加者が警戒することから、ヘッジファンドの決算が注目されているのでしょう。
ヘッジファンドの決算は「45日前ルール」に特徴が
ヘッジファンドの決算には「45日前ルール」という特徴があります。45日前ルールの概要を確認しましょう。
45日前ルールとは
ヘッジファンドが投資家から解約を受け付ける場合、決算期の45日前までに解約を申し出る契約となっていることが多いとされており、「45日前ルール」と呼ばれています。解約を受け付けたヘッジファンドは解約金を払い出す必要があるため、資産を売り現金を作ります。
ヘッジファンドに出資する投資家は、決算期の45日前までに解約か継続か判断しないといけないため、「ヘッジファンドの解約が決算期の45日前に集中するのでは」と考えられ、この時期の売りに警戒するのです。
逆算すると2月、5月、8月、11月中旬に解約売りが
多くのヘッジファンドは12月決算を取っており、四半期ごと(3月、6月、9月、12月の月末)に決算を行います。45日前ルールで逆算すると、2月、5月、8月、11月の中旬が解約の期限であり、この時期にヘッジファンドの解約が多いとされています。
この時期になると、多くのマーケットニュースで「ヘッジファンド解約に伴う売りが出た」等の文言がよく使われますが、こういった事情が背景にあるんですね。
特に5月(中間決算)、11月(本決算)に多いと考えられる
ヘッジファンドの決算は四半期ごとに行われますが、特に「中間決算(半期の決算)」と「本決算(1年を通しての決算)」は大切な決算とされており、ヘッジファンドの出資や解約も集中すると考えられます。
したがって、市場が下落ムードのとき、5月と11月中旬はよりヘッジファンド解約に伴う売りが警戒されます。
ヘッジファンド決算は相場に影響ある? 少なくても45日前ルールは無視してOK
市場で一定の注目を集めるヘッジファンド決算ですが、本当に相場に影響があるのでしょうか。
もちろん全く影響がないわけではないでしょうが、2つの理由から、少なくても45日前ルールは気にしなくてよいと考えられます。
45日前ルールを無視していい2つの理由
多くのヘッジファンドで採用されていると考えられている45日前ルールですが、現在では事情が変わっており、45日前ルールは主流ではなくなってきています。
日興リサーチセンターのレポート「ヘッジファンドの手数料と流動性の変化」から、ヘッジファンドの現在の解約ルールを確認してみましょう。
いつでも解約できるヘッジファンドが主流に
2000年では解約できる頻度を「四半期~年に1回」とするヘッジファンドが最も多かったようです。この状況なら、たしかにヘッジファンド決算期を警戒してもよいかもしれません。
しかし、2019年では「毎日」解約できるヘッジファンドが半数を占めており、最多となっています。「毎月」まで含めると、ヘッジファンド全体の8割以上が比較的自由に解約ができる状況になっています。
45日前ルールは、「ヘッジファンドの解約は四半期ごとの決算期にしかできない」ことが前提となっていますから、ヘッジファンドの決算に警戒する根拠が薄れたといえるでしょう。
2000年 | 2019年 | |
---|---|---|
四半期~年に1回 | 24.30% | 9.20% |
1ヶ月に1回 | 23.60% | 20.40% |
1週間に1~2回 | 2.00% | 11.40% |
毎日 | 17.60% | 50.70% |
非開示・その他 | 32.50% | 8.30% |
※日興リサーチセンター「ヘッジファンドの手数料と流動性の変化」より |
解約申し出の日数も0~4日が最多に
さらに、「ヘッジファンド解約は決算の45日前までに申し出ないといけない」という前提も、現在では変わってきているようです。
2019年において、解約の申し出は決算期の「0~4日前」までとするヘッジファンドが最多となりました。現在ではヘッジファンドの解約は日々行われていると考えられますので、決算期だけ警戒する意味はほとんどないといえるでしょう。
2000年 | 2019年 | |
---|---|---|
60~180日 | 16.20% | 8.70% |
30~45日 | 24.30% | 16.30% |
5~28日 | 4.70% | 9.00% |
0~4日 | 16.20% | 54.90% |
非開示・その他 | 38.50% | 11.20% |
※日興リサーチセンター「ヘッジファンドの手数料と流動性の変化」より |
45日前ルールはすでに前提が崩れている
45日前ルールを根拠付けるヘッジファンド解約の仕組みは、現在ではほとんど通用しません。ヘッジファンドが相場に影響を与えないわけではないでしょうが、ヘッジファンドの決算だけを警戒する姿勢はナンセンスといえるでしょう。
事実、ヘッジファンド解約の季節性は強くない
ヘッジファンドの解約推移を「SS&C GlobeOp Forward Redemption Indicator」(外部サイト)から確認してみると、ヘッジファンドの解約数はたしかに四半期ごとに若干増えているようですが、年を通してほぼ一定であることがわかります。
「決算期に解約が集中する」ということにはなっていないようですね。
出典)SS&C Forward Redemption Indicator
そもそも「絶対収益」を狙うヘッジファンドの解約は相場への影響が限定的
ヘッジファンドが「絶対収益」を追求することを考えると、仮にヘッジファンド解約が集中しても、市場にはあまり影響を与えないだろうとも考えられます。
絶対収益とは、市場全体の値上がりや値下がりを無視し、一定の収益を安定的に稼ぎ続ける運用手法です。
ヘッジファンドの解約=売りではない
絶対収益を追求する運用戦略にはいくつかありますが、「ロング・ショート戦略」や「アービトラージ戦略」など、買いと売り両方のポジションを持つ戦略が主流です。
このような運用戦略を取るヘッジファンドが、解約対応のためポジション解消をする場合、市場には買いと売りが両方出されることになります。つまり、ヘッジファンド解約=売りというわけではないのです。
ヘッジファンドのポジション解消は相場に影響を与えにくい
通常の投資信託は基本的に買いポジションだけですから、投資家から解約の申し出があった場合、市場に売りを出すことになります。
ヘッジファンドはさまざまな運用戦略を取ることから、常に買いポジションだけ持っているわけではありません。むしろ売りポジションだけ持っているヘッジファンドの場合、投資家の解約は市場への買いということになります。
よくマーケットニュースに載る「ヘッジファンド解約に伴う売り」という一文そのものが、単純に成り立つわけではという点は覚えておきましょう。
ヘッジファンドの決算はあまり気にしないで大丈夫
ヘッジファンドの決算についてまとめると、以下のようになります。
- ヘッジファンド解約に伴う売りが、決算の45日前に集中すると考えられていた
- 現在は「45日前ルール」は主流ではない
- そもそもヘッジファンド解約=売りではない
これらの理由から、ヘッジファンドの45日前ルールに注目して市場を見る意味はほとんどないといえるでしょう。
ヘッジファンドの決算期が近づいてきたとしても、特に気にせず投資を行うことをおすすめします。